114.「誦句集 恐怖観念撃退の誦句」
「人の心霊が宇宙の神霊と一致する時 人の生命の力は 驚嘆に値いする強さをもつに至る。
しかもこの尊厳なる宇宙の神霊と一致するには 第一に必要な事は心の安定を失うてはならぬことである。
そして心の安定を失うことの中で 一番戒むべきものは 恐怖観念である。そもこの恐怖なるものこそは 価値なき消極的の考え方で描いて居るシミだらけな醜い一つの絵のようなものだ。
否 寸法違いで書いた設計である。
かるが故に 今日から私は断然私の背后に 私を守り給う宇宙霊の力のあることを信じて何事をも怖れまい。
否 人が常にかくあることを心がくるならば 必然 人生に恐怖に値いするものが無くなるからである。
故に 健康は勿論 運命の阻まりし時と雖(いえど)も ほんとう(本当)に私は私の背後に 私を守り給う宇宙霊の力のあることを信じて 何事をも怖れまい。」
運命を拓く 第十章 恐怖への戒め では、以下のように述べられています。「自分の生命の背後には、見えないけれども宇宙霊が、自分を抱き締めるように、自分と共に在るんだ! 我は宇宙霊と共にいる!」と信念することが大切です。
「人生、人として生きていくときに、何を措(お)いても一番戒めなければならない重大なことを悟ることにしよう。それは”恐怖”ということである。
一生忘れないような深刻な記憶にできるくらいに、瞬間的でも、観念が集中されたりすると、それが宇宙霊の力を受け入れる”鋳型”が用意されたことになる。そのとき出来上がっている”鋳型”というものが、良かろうと、悪かろうと、極めて確実な”すがた”が出来上がってきたことになる。そうすると、その恐怖してる事柄が、やがて恐怖となって現実化してくる。否、むしろ、そうなることが当然である。
因果律の法則は、そういう考え方をしている人に、不健康や、不運命を、最も、”苦(にが)い”形で作り上げてしまうのである。反対に順動仮我境、いわゆる、一切の雑念妄念を統制し、神経過敏でなく、自分の人生を積極的に断定して活きる人は、よしや健康を損した時でも、不運に直面しても、その心の中に、そのことを恐怖で考えない。
結局、やたらと物事を恐怖関連で考えるのは宇宙霊と人間との関係を強く信じるという信念が欠けているからである。
だから、人間を弱い方面からのみ考えずに、もっともっと強い方面から考え直すことである。つまり「自分の生命の背後には、見えないけれども宇宙霊が、自分を抱き締めるように、自分と共に在るんだ! 我は宇宙霊と共にいる!」というふうだ。
いつも口癖にいうとおり、「己を守る者は、己だ!」」(運命を拓く 第十章 恐怖への戒め より)