146.「崔瑗(さいえん) 座右銘:人(ひと)の短(たん)を道(い)うこと無(な)かれ 己(おのれ)の長(ちょう)を説(と)くこと無(な)かれ、志るべする」

「座右の銘」の由来にもなっている文章です。

崔瑗(さいえん)は、後漢時代の政治家・文人。崔瑗の兄であった崔璋が人に殺され、崔瑗は自らの手で仇を殺しました。逮捕を避けるため故郷を離れ、流浪の生活を余儀なくされました。数年後、大赦により崔瑗は郷里に帰ることができました。彼は自分の犯した罪を悔い、自らを戒める一篇の銘文を書いて、常に自らの傍らに置きました。

これが、「座右の銘」です。

唐代の詩人・白楽天は、この『座右銘』に感動して、壁に掲げて いくつかを実行していたようです。(webより)

 

「録 崔瑗(さいえん) 座右銘

無道人之短 無説己之長 施人慎勿念 受施慎勿忘 世誉不足慕 唯()為紀綱 隠心而後動 謗議庸何傷 無使名過実 守愚聖所臧 在涅貴不緇 曖曖内含光 柔弱生之徒 老氏誡剛強 行行鄙夫志 悠悠故難量 慎言節飲食 知足勝不祥 行之苟有恒 久久自芬芳」

 

(ひと)の短(たん)を道()うこと無()かれ

(おのれ)の長(ちょう)を説()くこと無()かれ

(ひと)に施(ほどこ)しては慎(つつし)みて念(おも)うこと勿(なか)

(ほどこ)しを受()けては慎(つつし)みて忘(わす)るること勿(なか)

()の誉(ほま)れは慕(しと)うに足()らず

()だ仁(じん)のみ紀綱(きこう)と為()

(こころ)に隠(はか)りて後(のち)(うご)

謗議(ぼうぎ)、庸何(なん)ぞ傷(いた)まん

()をして実(じつ)に過()ぎしむること無()かれ

()を守(まも)るは聖(せい)の臧(よみ)する所(ところ)なり

(でつ)に在()るも緇(くろ)まらざるを貴(たっと)

曖曖(あいあい)として内(うち)に光(ひかり)を含(ふく)

柔弱(じゅうじゃく)は生(せい)の徒()なり

老氏(ろうし)は剛強(ごうきょう)を誡(いまし)

行行(こうこう)たり鄙夫(ひふ)の志(こころざし)

悠悠(ゆうゆう)として故(もと)より量(はかり)(がた)

(げん)を慎(つつし)しみ飲食(いんしょく)を節(せっ)

()ることを知()りて不祥(ふしょう)に勝()

(これ)を行(おこな)いて苟(まこ)とに恒(つね)()らば

久久(きゅうきゅう)にして自(おのず)から芬芳(ふんぽう)あらん

 

[]

他人の短所を責めてはいけない。

自分の長所を誇ってはいけない。

他人のために良いことをしても、そのことを恩に着せてはいけない。

自分が他人から良いことをしてもらったときには、いつまでも忘れてはいけない。

世間の名声などは、求める価値がない。

思いやりの心をもっていることが、人間として大事なのだ。

心の中でよく考えてから行動を起こせ。

他人から悪口を言われても、意に介する必要はない。

実力以上の名声を求めてはいけない。

自分は人より優れているなんて思わずに、愚か者の本分に甘んじることを、聖人も良しとしている。

黒い土のような汚い世の中で生活していながらも、自分自身が汚れて黒くならないことが大切だ。

暗愚であっても、自分の中にキラリと光るものを持つ。

やわらかく、しなやかに生きることが、この世を生きるすべだ。

老子も強く勇敢に生きてはいけないと戒めている。

強情で強硬な生き方は、卑しい人のやること。

ゆったりと生きるならば、限りなく可能性は広がってくる。

言葉をつつしみ、暴飲暴食を避ける。

欲望肥大を戒め、災難もしなやかに乗り越える。

以上を一つ一つ常に実行してゆくならば、

長い年月のうちに必ず人徳がそなわってくる。

 

●「志るべする人をたよりにわけ入らば如何なる道やふみ迷ふべき」明治天皇御製

 

「しるべとは導きの意味であり、人生道への正しきガイドの義である。」「しるべ」に因みて 会長天風識(志るべ創刊号より)